
能登七尾出身、安土桃山時代の絵師 長谷川等伯筆の 松林図屏風(国宝)です。
東京国立博物館所蔵の絵画の中でもっとも貴重なものの一つと言われています。
この絵は晩年の等伯が能登の海岸の松林を思い起こして描いたものだそうです。
長谷川等伯は、1539年(天文8年)、能登七尾に生まれ、幼い頃に染物業を営む
長谷川宗清の元へ養子に迎えられたと言われています。
現在、知られている作品で最も初期の作品は26歳筆の落款のあるもので、
能登を中心に石川県・富山県などに10数点が確認されています。
これらの作品には、袋形の「信春」印が捺されており、等伯若年期には
信春の名で活躍していたことが知られています。
等伯は七尾周辺で多くの作品を描き、たとえば「日乗上人像」(羽咋市・妙成寺)
などの絵が残っています。 この頃は、仏画を中心に書いていましたが、等伯が
33歳のときに義父母を相次いで亡くし、それを機に上洛を決意したことになっています。
当時の平均寿命が40歳前後と言われていますから、30歳を過ぎての大舞台京都を
目指すという当時からすると考えられないくらいの challenge spirit があります。
能登から京都で自分の腕を試すために妻子を伴い上京した等伯の意志に強く惹かれるもの
がありますね。その頃、京都では有名な狩野派が一世風靡しており等伯は自分の腕が
どこまで通用するのか、たとえばイチローの大リーグへの挑戦と同じ気持ちでしょうか。
石川県出身であり、このような人が存在したと言うことを今まで知らなかったので
非常に興味を感じています。